極真カラテ“熊殺し” ウィリー・ウイリアムス氏死去

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今朝目が覚めてネットニュースを見たらこんな【訃報】が目に飛び込んできました。


私が高校時代『地上最強のカラテ』に憧れて極真会館に入門した頃の”地上最強の格闘家”として君臨してたのが極真会館NO1ファイター、ウィリー・ウイリアムスでした。久々に名前を聞いたけど、亡くなられたのですね。
当時第2回極真世界大会を千駄ヶ谷の東京体育館で生で見たんだけど、日本人選手じゃないと優勝出来ないとの大山倍達流暗黙のルールがあった時代、実力NO1だったウィリー・ウイリアムスはそれに抗議する如く準々決勝でマジキレして優勝候補の一角に目されていた佐藤俊和選手をボコボコにし病院送りにしてしまったんですね。会場が戦慄で背筋が凍りついたのを今も鮮明に記憶しています。
後に当時異種格闘技街道ばく進中のアントニオ猪木と対戦する事となるのだが、その試合も当時の極真関係者なら誰でも知ってたけど、“時間切れ引き分け”とのシナリオがすでに出来ていたのだが、試合中セコンドがエキサイトし過ぎて両陣営同士の大乱闘になってしまって、試合はあわや“真剣勝負”になりかけてしまいました。
ウィリー・ウイリアムスが切れして理性を失っていたら、彼は“熊殺し” ではなく“猪木殺し” になっていたでしょう。両者にそのぐらいの実力差はあったと思いますよ。
ところで“熊殺し” ウィリー・ウイリアムスと呼ばれた所以はドキュメンタリー映画『地上最強のカラテPARTⅡ』でのクライマックス、ウィリーと熊との対決シーンから。別に熊を殺したわけではなく映画の目玉となるパフォーマンスでした。仮にもしウィリーが熊と本気で戦ったなら彼はその時点で死んでしまって“熊に殺された男”になっていたでしょう。当たり前だけど、熊と人間ではそれぐらいの実力差はあるでしょうが。
67歳って、まだ若いのに残念ですね。謹んでご冥福をお祈りします。



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